音楽を開放する ~私のイノベーションの原点。20年前に描いたビジョン、そしてミッション

仕事の原点 アントレプレナーシップ

私が最初に起業したのは、高校を卒業して上京した18歳。

 

音楽でメシを食っていく!と意気込んで上京して半年足らずで、音楽に関する仕事で報酬をもらった。

 

コンピューターに、CD-ROMが搭載されたことが画期的な時代。

音楽がコンピューターやITと距離を近づけた頃だった。

 

ほどなくして私は、iPad miniの画面ほどのコンピューター(Macintosh SE/30)に、50万円のローンを組んで購入し、そして音楽制作にハマった。

 

しかしバンド活動は、知り合いだけが見に来る、身内だけの発表会。

 

もっと多くの人に音楽を届ける方法がないかと、日々さがしていた。

 

仕事の原点

(当時の私の仕事環境)

 

 

その後、世の中は音楽ビジネスが全盛期。

 

音楽が流通する方法としてCDやMDが普及し、ウォークマンで音楽を家の外に持ち出すことが出来るようになった。

タワーレコードやHMVが音楽文化を牽引し、多才な顔ぶれのミュージシャンがミリオンセラーを出していた。

 

一方ミュージシャンは、レコード会社を通じてしか音楽を流通させることができないため、音楽を流通させるための契約をレコード会社と結ぶしか方法がなかった。

 

そして多くのミュージシャンは独占契約を結び、レコード会社の都合でしか音楽を発表できなくなった。

5枚分のアルバムを独占で契約しても、レコード会社の都合で発売をしてくれない。

つまり、飼い殺しの状態が続いていたのだった。

 

私はそんなミュージシャンと多く接する機会が多かったこともあり、自分の音楽はメジャーレコード会社と契約をしたくなかった。

 

でも、自身の音楽を多くの人に聴かせたい・・・

 

日々そんなことを考えていた私は、楽器メーカーで音源開発に携わる中で、インターネットに出会うこととなる。

 

音楽が生まれた瞬間、
音楽が世界の人の耳に届く

 

直感的にその世界が見えた。

 

そして、

 

ミュージシャンの創作活動を開放し
世界の人と繋ぐ流通市場をつくる

 

と決意した。

 

社会を変えてやる!

 

そう考えた23歳の出来事だった。

 

 

まずは、インターネットで音を届けるための技術を集めることとした。

もちろん日本の情報は皆無だったので、英語のサイトを調べ、世界じゅうから情報を集めた。

つたない英語、辞書を片手に、サイトを閲覧し、ソフトをダウンロードし、自分の音楽をインターネットで聴けるように編集(変換)した。

 

そして発表をしたところ、その音楽を聴かせる方法について知りたいという問い合わせが増えたので、手順などを踏まえた音楽配信技術サイトを開設。

 

もちろん、日本語のサイトは1つもなかった時代だったこともあり、発表後すぐに、閲覧できないほど大量のアクセスが集中し、HPを開設したプロバイダーを追い出される。

別のサーバーに移設し、 アクセスが安定した頃には、ほぼすべてのレコード会社から、音楽をネットで聴かせるための依頼を受け、それが仕事となる。そして、本も2冊執筆を行うこととなる。

 

仕事を受ける中で、だんだん大手企業の仕事が増え「振込先が個人だと困るので会社を作ってくれない?」と言われ、1週間でできる会社の作り方という本を読んで、会社を創業する。

1997年、今から20年前の24歳の出来事だった。

 

ミュージシャンの話を聞くたびに心が痛くなる自分がいた。

そして、みんなの音楽を届けたいという気持ちが強くなり、メジャーレコード会社の流通市場をひっくり返したいと思うようになる。

 

そして、インディーズと呼ばれる自主レーベルのレコード会社を片っ端から当たり、夢を話し、そして国内外700ものレコード会社を集め、音楽配信でメジャーレコード会社の市場に挑んだ。

 

日経新聞にも取り上げられ、ベンチャーキャピタルから毎日のように電話が鳴り、そして増資を引き受けベンチャー企業として成長する。

 

当時でもiPod(iPhone)のような音楽プレーヤーはあり、音楽の配信サイトのアクセスが伸びると同じスピードで増え、すぐに玉石混交状態となった。

そんな中、私の中にふと、不安がよぎった。

 

音楽がデータで届くということは、
音楽に対する価値を下げやしないか?

 

便利になるということは、手続きが減るということ。

そこで落ちてゆく価値がたくさんあるということ。

 

レコードのような大きな盤面のジャケットは部屋に飾りたくなるが、CDは収納しやすいので側面しか見なくなった。

そして音楽が配信されるとジャケットすらなくなる。

レコード会社で予約をする行為、取りに行くという行為、特典などがもらえるということは、人をワクワクさせた。
発売日に自動ダウンロードされると、そんなワクワクするプロセスが無くなる。

音楽CDは、貸し借りができたから、コミュニケーションが生まれた。
データには貸し借りがあるのだろうか。コミュニケーションは減るのだろうか。

 

音楽というのは文化だ。

 

デジタル化されることでどのような文化が生まれるのか。

 

ミュージシャンが音楽を発表し売ることで収益が得られる市場を作りたいと思う一方で、発売しても価値が下がるとお金に変えるのが難しくなるんじゃないか。

 

 

だが、すでに私は数十人を抱えるベンチャー企業の社長。

ITバブル全盛期、投資家からIPOを迫られる中で、そんな想像している暇はなかった。

 

 

そして、音楽は開放された。

 

音楽は、自由になった。

 

一旦開かれた市場はその勢いで広がり、iPodやiTuneが誕生し、そして今のようなネット音楽市場が誕生した。

 

 

・・・で、音楽産業はどうなったのだろうか。

 

ミュージシャンは、幸せになったのだろうか。

 

私は、資本主義経済に飲み込まれ、志半ばで事業から手を引かなくてはならなくなったが、今もその事業は受け継がれ続いている。

 

そして、私の中での心残りが、現実との間に葛藤を生み、それが大切な私の原動力になっているようにも感じる。

 

 

社会を、変えたい

 

 

私の中で、この間に経験した様々なイノベーションの事象は、その後に20近い起業をする中でも大きなベースとなった。

 

今の時代には、今の時代ならではのイノベーションが必要だ。

 

いいことをしたい人が増えているが、いいことをするのは当たり前のこと。

 

それがもしいいことだったら、いいことが当たり前になるような社会に変えよう。

 

 

誰もが、社会は変えられるのだから。