ブランディングの思い違い
ビジネスの相談を受けていると、よく「ブランディング」という言葉にたどりつく。
ブランディングがしたい
使いやすい言葉なのかもしれない。
魔法のような言葉。
みんなが選んでくれる/買ってくれる。
そんなイメージを表す言葉なのかもしれない。
でも、選んでもらうためのアクションであれば、多くの場合は広告か販促。
買ってくれるためのタイトルをつけるとか
クリックするためのキャッチコピーとか
商品のコンセプトを考えるとか
それはブランディングとは言わない。
ブランディングを、差別化で考えるとうまくいかない
ブランディングとは、顧客のあるイメージに、思い出してもらえるためのもの。
「検索といえば、google」と思えるのは、
Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすることです。
この、googleのミッションを信じているから。
「あらゆる情報をデータベース化することに挑戦する企業」であり、「情報の格差は民主主義を揺るがすものであり、すべての人が情報にアクセスできるようにする」という意識。
この考え方に共感をしているからこそ、「googleで検索しておけば、見つからないものはないだろう」という信頼が生まれる。
あちらより、良い情報が見つかります。
そちらより、早く情報が見つかります。
むこうより、安く情報が得られます。
そうした、「差別化」の要素は、ない。
目の前の販促であれば、比較することで買われるけれど、他の比較でスイッチされてしまう。
それはブランディングではなく、販促や広告。
必要なのは、インパクトとキャッチコピー。
ブランディングは、共感
商品の「差」を考えたところで、意味を持たない時代になった。
日本の商品やサービスは、便利で役に立つものを作ることが得意だ。
だから、どうしてもブランディングに違いを入れないと不安になるのかもしれない。
しかし、ライフスタイルの変化に伴う意識の変化は、業界を越えてしまった。
車のライバルがゲームになったように、娯楽の意味や時間の消費が変わってきた。
つまり、人生の時間を何に使うのか、という選択になった。
だから、差を表現できるようなものではなくなった。
時代は、ナンバー1ではなく、オンリー1を求める。
ナンバー1は、ナンバー2との比較ができた。
しかし、オンリー1には、意味が必要だ。
だから、意味が問われる時代になった。
つまり、存在意義が問われている。
「わたしが、あなたを支持する理由は何ですか?」
美味しいものをつくる
素敵な体験をする
貴重な時間を提供する
それは当たり前のことで、それはソリューション。
未来を変える力になる
社会を変える希望になる
人は、結果ではなく、プロセスに共感をする。
わたしの希望を叶える、代理人を支持する。
だから、顧客の希望や想定を越えなければならない。
その姿勢や考え方、存在する意味を、教えて欲しいと求めている。
顧客の希望を大きく越えて叶える、使命。
しかし最近では、どの会社も同じようなことを言うようになった。
SDGsという共通目標が、多くの会社の社会的ビジョンを同じにしてしまった。そして違いがわからなくなった。
顧客は「そりゃ、当たり前だろう」と思うだけで、ブランディングには結びつかない。
商品やサービスは、何かを叶えるためのツールでしかない。
本当のところ、
人は、解決する方法を、知らない。
実は、
欲しい商品のことは、わからない。
だからイメージする。
でも限界がある。
そのイメージを越えて、共感で重なる存在になることが、ブランディングなのだ。
だから、意味を探そう。
その商品を選択する意味を、顧客に届けよう。