感性こそが、人生を豊かにし、社会を豊かにする

感性がある、感性がない

感性

この言葉を効くと、自分にあるとかないとか、そういう話題になる傾向にあります。

 

感性は、誰にでもあります。

 

そこに、優劣も、高低も、良い悪いも、何もありません。

 

ただただそこに、人それぞれに感性が存在するのです。

 

その存在する感性を、自分が受け止められるのか?

 

受け止められれば「感性がある」と感じ、受け止められなければ「感性がない」と感じるのです。

 

「感性がない」と感じる人は、人との比較としています。

 

「感性と言えるほどの、感性を持ち合わせていない」という表現が正しいのかもしれません。

 

つまり、感性という言葉を使う自信のようなものがないのです。

 

感性こそが、人生を豊かにし、社会を豊かにする

 

感性は、自己肯定感によって高まる

感性を高めたいという人は、たくさんいます。

 

しかし、自分には感性など高められるはずがない、と思っている人も多くいます。

 

「感性は高められるのか?」

 

その答えは、

 

誰でもいつからでも、感性は高められる

 

ということです。

 

 

感性は、比較ではありません。

 

もし比較という言葉を用いるのであれば、自分の過去との比較はあるかもしれません。

 

小さい頃は今より感性があっただろうけれど、大人になって感性が低くなった

 

そういう表現なら、誰しもが「そうかもしれない」と思うことでしょう。

 

自分にも感性があったはずだが、感性を高められず今日に至ったので、高められた人よりも低く感じているのかもしれません。

 

感性を語るには、自分に自信がないのです。

 

 

「自分の感覚を人に伝えた時に、その表現が稚拙だから恥ずかしい」

 

そんな風に感性を閉じ込めてしまっていることは、とても多いのです。

 

自信がない、つまり感性に関して自己肯定感が低いのです。

 

ですから逆を返せば、感性が高い人は感性に関する自己肯定感が高く、自分が感じたことは事実で、たとえ表現できなくともそれでいいと思えているのです。

 

感性が、なぜ人によって異なるのか

人間に備わっている感覚を察知するセンサーはいくつかあります。

 

五感などもその1つですが、そうした感覚のセンサーは、いくらAI(人工知能)が発達したとしても、再現不可能です。

 

なぜなら、センサーの一部が開発できたとしても、感覚がどのように人の心に反応するかは、人によって異なるためです。

 

それが感情です。

 

感情は、情動というセンサーから伝えられる瞬間的な情報があり、それに対して自信の持つ既知の情報(経験など)とが合わさって出来ます。

 

既知の情報がなければセンサーから伝わっても、それに対して導き出される情報がないため、行動には結びつきません。

 

しかし、既知の情報がセンサーから得た情報に対して、何かしらの行動に結びつけるのです。

感性とは、こうした感覚と感情から導き出された性質(軸)なので、人によって異なるのは当然なのです。

 

感情を作り出すことは既知の情報ですから、年を重ねることによって得る経験と共に感情は変化してゆきます。

 

喜怒哀楽に富んだ日々を送って感情に働きかけている人と、何も感情に触れないで生きている人とでは、経験に感覚が結びつかないので感情が生まれないため、感情の経験数から得られる性質の軸というものが確立されません。

 

ですから、感性という言葉で表わすことができる軸がないため、自信がないという表現になるのです。

 

それでも、少なくとも何かしらの軸が出来ているはずなので、その軸を探し当てられれば、自分の感性という軸を認識することができるのです。

 

感性を高めるためには、感じるチカラを高める

感性を高めることは、実際には簡単なことです。

 

自分が持っている感覚を大切にするのです。

 

感覚の1つに、身体のセンサーとして五感と呼ばれるものがあります。

 

触覚、嗅覚、視覚、聴覚、味覚

 

毎日、これらの5つのセンサーを通じて、誰もが感覚を得ています。

 

その感覚に意識を向け、感覚から感じること1つ1つを大切にすれば、自然と感性は育つのです。

 

人が持っているこの5つのセンサーは、驚異的な感度を持っていて、コンピューターで解析することは不可能です。

 

人は視覚情報に委ねられていますが、触覚もまた、とても大きな働きをしています。

 

寒い暑いという、温度センサー
風や圧力を感じる、圧力センサー
湿気などを感じる、湿度センサー
痛みなどを伝える、痛覚センサー
などなど

 

でも、日々便利になる毎日では、エアコンが自動調整し、電子マネーになりお金に触ることがなくなり、手を出すだけの自動水栓になり・・・センサーを使うことがどんどん少なくなっています。

 

様々な化学調味料、砂糖に変わる果糖液糖や人工甘味料で舌を騙し続けています。

 

五感と感性とが、ほど遠く感じがするのであれば、少しその感性を疑ってみてはどうでしょうか。

 

美味しいという、味覚には嗅覚が含まれているように、五感でさえもMICE(漏れなくダブリがない)にはできないのです。

 

感性こそが、人生を豊かにし、社会を豊かにする

 

何年もの間、感性について探求してきました。

 

人材の感情や行動特性を測る検査の開発で、何十万人という人の特性情報を元に、数千人もの人の採用に携わり、人材育成として人が変わっていく現場を見つめてきました。

 

新卒から経営者まで、あらゆる人を見てきた中で、1つ言えることは、

 

感性こそが、人生を豊かにする

 

という
ことです。

 

もちろん感性だけでは、人生が豊かにならないこともあります。

 

でも、自らの感性の感じられていない人、感性を信じたくない人、感性を蔑ろにしている人・・・・もいますが、

 

まるでAI(人工知能)のようです。

 

資本主義偏向、学歴偏向主義の社会では、感性は必要ないとされていますので、そうした人が増えていることは残念ですが、

 

そうした人もまた、感性を持っているのですから、いつでも認識し育てていくことはできるはずです。

 

そしてこれから育つ子どもたちは、感性を持たない人工知能と共に仕事をしていくことになるのです。

 

感性のない子どもたちが大人になったら、人工知能には負けてしまいます。

 

私たちは、感性を活かすために存在しているのです。

 

 

感性を大切にする人が人生を豊かにできれば、きっと社会は豊かになると確信しています。

 

貧困も、戦争も、差別も、社会問題のすべては感性の欠如。

 

私が目指す「社会共育」という概念の社会は、そうした感性を持つ人達が共に育む社会を作っている姿です。

 

そのためにはまず、ひとりひとりが感性に意識を向けることから始まります。

 

 

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