あなたは、「あいまいさ」を許容できますか? ~白黒つけたいのは、感情をスッキリさせたいだけ

曖昧(あいまい)

 

あなたは、曖昧なモノ、コトを許容できますか?

 

白黒つけなければ気が済まない!

 

そんな風に思ってしまうこともありますよね。

 

自分に意志があればあるほど、決めたいものです。

 

 

もちろん、どちらかがハッキリすると、スッキリします。

 

でも、曖昧なものに白黒つけるということは、何かの答えを出すことになります。

 

しかも、その曖昧なものに答えがなくとも、白黒をつけるということは答えを決めることになります。

 

あなたは、「あいまいさ」を許容できますか

 

 

曖昧であってはならない

 

 

私たちは、学校でそんな風に教えられてきたように思います。

 

数学も方程式も、すべて答えがあります。

 

1つの答えがあり、他が間違いということです。

 

 

そういった、回答式の答えばかりが繰り返されます。

 

これに慣れてしまうと、

 

白黒つけることに快を感じる

 

ようになり、

 

白黒つけなければならない

 

と思うようになります。

 

そして、

 

白でも黒でもないものは、間違いだ

 

と、否定や排除する思考になるのです。

 

 

でも、よく考えてみると、白黒がつくもののほうが少ないのではないかと思います。

 

 

科学でさえ、時代と共に変わります。

 

常識も、どんどん変わっていきます。

 

ですからその時代の正解は、その瞬間だけが正解で、後には不正解というわけです。

 

白が黒に変わるのです。

 

 

雑草と野菜の違いも、曖昧です。

 

薬と毒の差も、曖昧です。

 

どこにラインがあるのかは、人によっても異なります。

 

絶対的な正解は、どこにもないのです。

 

 

ですから、あいまいさが許容できないと、生きることが苦しくなります。

 

なぜなら、すべてがあいまいなのですから。

 

いっそのこと、あいまいを受け入れることをオススメします。

 

すべてがあいまいであるということが前提だと、多少のあいまいさはストレスでなくなります。

 

全てが白黒ついていると、多少のあいまいさはストレスになります。

 

 

このあいまいさを受け入れられるのは、感性です。

 

柔軟という表現にもなることがありますが、感性があってこそ、柔軟さが生まれてくるのです。

 

柔軟であればあるほど、白黒をつけなくても良くなります。

 

世の中は多様です。

 

多様性の高い世界で、分別をつけても、無理矢理に仕分けしても、あまり意味がありません。

 

 

ハッキリと白黒つけなくとも、自身の感覚でもどこかにラインのようなものがあるはずです。

 

それがしっかりと「このへん」と示されていれば、それを厳密化する必要はありません。

 

白黒つけたいのは、気持ちの悪い感情をスッキリさせたいだけです。

 

あいまいという前提を受け入れて、ぜひ、あいまいさを楽しんでいきましょう

 

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